ヒデさんの描いた原画を紹介しています。作品をクリックしていただくと、大きな画像をご覧いただけます。自然保護・動物愛護をテーマとしているので動物の絵が中心。主にキャンバスにアクリルガッシュで描いています。原画はTRiCERAとARTMOで、NFTはAdam by GMOで販売しています。







































渋谷の“麗郷”の辺りから円山町に向っての狭い坂道には、かつて小さな“飲み屋”が並んでいました。その一軒、最も店名は忘れてしまいましたが、70年代当時の僕より少し年上の元学生運動家らしき女性がやっているカウンターだけの小さなバーがあり、時々一人で寄ったものです。カウンターの中にギターが置いてあって、ある夜ウィスキー・ソーダを啜りつつ僕が「何か弾いてよ」と言ったら、その人はニコリともせず黙ってギターをとって中島みゆきさんの“別れうた”を歌ってくれました。全共闘世代としての様々な蹉跌が想い出されつつ、まるでアート・シアター・ギルドのモノクロのアングラ映画のワン・シーンようで、とても印象に残っています。
December 2006, acrylic on canvas, 21cmX15cm
2007年の干支に因んで、猪さんを描いてみました。近年は彼らの住処が開発のため狭くなり、冬になると里に降りて来ては捕獲されたり射殺されたりするニュースを見ると心が痛みます。21世紀には環境問題がもっと議論され、人と自然との共存が研究され、のびのびと楽しく生きる猪さんと逢いたいものです。この『翔び猪』はそんな願いを込めて描きました。
December 2006, acrylic on canvas, 21cmX15cm
僕は歴史が好きです。今後は、歴史上の出来事や事件をシリーズで描いていこうと思っています。第一弾は「二・二六」です。1936年2月26日未明、歩兵第3連隊の下士官と兵士たちは、安藤大尉の指揮の下、本部を出発。この本部の跡地は、東京ミッドタウンに変貌しました。僕が1979年に株式会社TAMTを立ち上げた場所はそのあたりで、そのビルの1階は喫茶店でした。今でも僕にとって特別な場所です。1970年代、テレビ番組制作のために多くの記録フィルムを集めました。これらのフィルムを通して僕が見たもの、感じたものを描いていきます。これが僕の個人史です。
February 2007, acrylic on canvas, 22.7cmX15.8cm
少年の頃、唐津では休田に菜の花、れんげ草が植えられてました。春には田園がすっかり黄色と紫色のツートン・カラーに変化する風景が、今でも夢の世界のようです。呼子に至る“うわば”には現在でも棚田が残っているそうです。いつか春に訪れてみたいと思っています。
18cmX14cm, acrylic on canvas, March 2007
日本中どんな街にも存在した通称“親不孝通り”です。たそがれ時になると、つい彷徨い歩きたくなります。絵のタイトルはハンク・ウィリアムスの昔の名曲です。浮気な妻に嘆く男の哀れな歌詞です。画中の人物は彼から去ってしまった女性を尋ね歩きつつ、哀愁に満ちたブルークン・ラブ・ソングを歌っているのかもしれません。白いスーツにテンガロンハット姿は、60年代の学生バンド“カントリー・レンジャース”のステージ衣裳でした。
22.7cmX15.8cm, acrylic on canvas, April 2007
小学校に入学して間もない、ある日のことでした。昼休みから降り出した雨は、学校が終わる頃には本降りになりました。傘をさし、レインシューズやレインコートを着て子供たちを迎えに来た母親や父親たちが、下駄箱の周りに蝟集していました。その頃、母は仕事で忙しくしていました。数時間後、母は小さな傘をさして小走りで学校へ向かう途中、蕗の傘をさして歩く私に出くわしたそうです。「私が死んでも、お前は一人で生きていけると思った」と、彼女は何度も何度も私に言いました。その母は89歳で天寿を全うしました。
21cmX15cm, acrylic on canvas, May 2007
人生の転機は普通は春ですが、恋の始まりや終わりは夏のようです。古今東西、それは詩や歌に詠まれてきました。僕の時代にはなかったことですが、夏だからポール・ゴーギャンになったつもりで描いてみました。
18cmX14cm, acrylic on canvas, June 2007
経済という現実を前にすると、少年の心は奪われ、白髪が増えていきます。そんな疲れで目が彷徨っているとき、夏草に覆われた「戦車畑の跡地」の光景が脳裏をよぎるのです。
22.5cmX15.7cm, acrylic on canvas, July 2007
ひょっとしたら僕は幼児の頃、夜汽車に置き去りにされた経験があるのでは?と疑う事があります。今でも、電車の窓から遠くの家々の灯りを眺めたりしたら不安感に襲われます。両親は他界したので確かめる術はありませんが、旅の記憶は何時迄も生き続けるのです。
21cmX15cm, acrylic on canvas, December 2006
「ゑびす堂」をオープンしてから、花見ができません。いつか友人達に囲まれてこんな“宴”をしたいと思います。そんな「なんとなく」という気分で描き始めたので、結局苦労しました。背景の構成で“百花繚乱”という言葉がふと浮かんで解決。こんな絵になりました。画中の人物は「ゑびす堂」を訪れる人々、料理は「ゑびす堂通信・07年1月号」でレシピを紹介した“成吉思汁風手羽煮”。それに“クスクス”と“ニース風サラダ”です。
27.3cmX23cm, acrylic on canvas, January 2007
27cmX21.5cm, acrylic on canvas, August 2007
ロンドンのチェルシーからバスに乗って、“エレファント・アンド・キャッスル”に行きました。そこはとても地味で平凡な場所でした。残念なことに、象も城もありませんでした。アパートに戻った後、窓からテラスハウスと夕暮れの空を眺めながらスタウトビールを飲み、こんな場所かもしれないと想像を膨らませるのでした。
22.5cmX15.7cm, acrylic on canvas, October 2007
1968年、東京に来てからの初めての秋でした。秋は日が早く沈み、少し肌寒さを感じます。先輩の遠距離恋愛による悲恋の話を聞いた後、僕と彼女との関係を思いました。滑らかな顔はゆで卵のようでしたが、大人の愛とは少し違うものだと感じました。
22.5cmX15.7cm, acrylic on canvas, September 2007
「窮鼠猫を噛む」という諺があります。力強い母親の愛の前では、猫は成す術もありません。2008年はねずみ年です。私たちもこのように強く生きなければなりません。
22.5cmX15.7cm, acrylic on canvas, November 2007
山を下りる時、天候は荒れ模様になりました。吹きすさぶ吹雪の合間、僕は1902年1月(明治35年)に八甲田山で雪中行軍をし、事故に遭った部隊の足音を聞いたような気がしました。
27.5cmX22cm, acrylic on canvas, January 2008
第二次世界大戦中のレシプロ機を描くことを、考えていました。ロンドンにある専門店で本を買って、ついに描く機会を得ることができました。キャノピーは過去と現在を結ぶ結界です。
27cmX22cm, acrylic on canvas, July 2008
イビサ島は地中海の島です。紺碧の海やら白いスペイン風の言えやら、描くべき事物は沢山あるはずですが、何故かランチで頂いたパエリアがとても印象に残っています。鉄鍋の中の鮮やかな色彩が、その時の旅の全てを写し込んでいるような気がします。
18.3cmX25.7cm, acrylic on canvas, August 2008
1964年の夏、東京オリンピック開催の熱気のせいでしょか?陸上部だった僕は、例年になく熱心に練習をしました。そろそろ受験勉強も始めなくてはならず、中学校生活最後の夏を存分に謳歌したかったのかもしれません。故障の姓で、試合にも結果を残す事が出来なかったけれど、僕にはかけばいのない『夏の運動会』の記憶の遺産となりました。木造校舎の窓のひとつひとつが、そのメモリーのセル(脳細胞)です。
22cmX27cm, acrylic on canvas, September 2008
秋になると、ミラノを想い出します。1970年から80年代にかけての20年間、外国映画の買付で、毎年秋になると訪れました。ミラノは北イタリアなので、ローマに比べて秋の深まりも早いようです。美しく彩られた街路樹と、焼き栗の屋台。そして美味しいキノコ料理。僕がゑびす堂できのこさんのクラフトを造っているのも、そんな記憶と無関係ではないでしょう。絵の背景は、スカラ座です。
45.5cmX37.9cm, acrylic on canvas, October 2008
僕たちは、随分と牛さんのお世話になっています。母乳じゃなく、粉ミルクで乳児期を過ごして大きくなった人たちも少なくないでしょう。僕は今でも毎日、牛乳を飲んでいます。すき焼きもビフテキも、大好物です。そんな牛さん達に感謝の気持ちを込めて、牛さんの絵を描いてみました。最今は17世紀のオランダの画家、フェルメールが脚光を浴びています。そこで代表作のひとつ、『牛乳を注ぐ女』のアイデアをお借りしました。牛さん達がのんびりと暮らす、牧場の朝の風景です。
53cmX45.5cm, acrylic on canvas, November 2008
のんびりとした絵を描くつもりだったのが、世界恐慌のせいで世の中もあまりに元気が無く、しかも殺伐としてきたので、「でも、頑張ろう!」的な絵になりました。人の脳は、ネガティブ施行に陥ってしまうと、良い考えが浮かばなくなってしまう、のだそうです。こんな時だからこそ、楽天的になって荒波を乗り切って行きましょう。
60.6cmX50cm, acrylic on canvas, December 2008
僕が生まれた1950(昭和25)年頃、父は唐津市京町に“花柳”という反物の店を持ちつつ、母と一緒に近郊の農村へ行商に出ていたようです。永い戦時体制がやっと終わって、衣料品が飛ぶように売れた時代だと聞いています。僕の記憶のある部分に、そんな戦後日本のたんぼの風景が染み込んでいるのでしょう。こんな絵になりました。刈り取られた稲穂の積み方は地方によって様々だと思いますが、このまるで古代マンモスのような積み方は、大分県南部の竹田の辺りです。
40.9cmX31.8cm, acrylic on canvas, September 2008
oil on canvas, 26cmX18cm
oil on canvas, 60.6cm X 72.7cm
acrylic on canvas, 72cm X 60.6cm
acrylic on canvas, 53cm X 45.5cm
acrylic on canvas, 45.5cm X 53cm
acrylic on canvas, 60.6cm X 72.7cm
acrylic on canvas, 45.5cm X 53cm
acrylic on canvas, 80.3cm X 65.2cm
acrylic on canvas, 60.6cm X 72.7cm
acrylic on canvas, 53cm X 45.5cm
acrylic on canvas, 45.5cm X 53cm






































